2018-05-27
「n」(エヌ)デザイナー 垣本 望美 氏 インタビュー

 

現在、Tempo日比谷でPOP UP SHOPを開催中のヘッドドレスブランド「n」(エヌ)。デザイナー 垣本 望美さんは、TempoでPOP UP SHOPを開催するたびにファンを増やし続けています。そんな彼女の魅力を探ろうと、昨年初めてのインタビューをすることが出来ましたので今回ご紹介いたします。

Tempo(以後 T)–ヘッドドレス作りを始めたきっかけを教えてください。

 

垣本さん (以後 垣)–ヘッドドレス作りにたどり着くまでがなかなかの珍道中でした。笑

 

(T)–珍道中聞きたいです!

 

(垣)– 大学卒業後、就職しましたが物作りをしたいという思いがずっとあったので専門学校への進学資金を貯めていました。

 

(T)–その時点でヘッドドレス又は帽子作りの道に進もうとは決めていたんですか?

 

(垣)–いいえ。その時は靴の道へすすもうと思っていたんですが知り合いのツテで帽子を作る機会があり、その時何故か「あ、私はこれを一生やるな。」って思ったんです。ストンと納得するような不思議な感じでした。

 

(T)–そこから帽子の専門学校へ行ったんですね?

 

(垣)–大人しく専門学校に行けばよかったんですけどね…。

 

(T)–違うんですか?

 

(垣)–私、大学で4年間フランス語の勉強していたんですけど、このままだと人生でフランス語を使うチャンスもないし「フランスに住んでいる日本人の帽子職人さん」に弟子入りしよう! という考えに至ったんです。

 

(T)–急展開でびっくりしました。発想と行動力がすごいですね。

 

(垣)–当時23歳で若さもありましたからねえ。今考えるとぶっ飛んでいるんですが。笑。 パリに住む日本人の帽子職人さんに猛アタック。OKの返事をもらいすぐに渡仏しました。当然無給なので日本人夫婦の経営するお寿司やさんでのバイトも決めて、いざ帽子職人さんのアトリエに行ったわけです。

 

(T)–いよいよ帽子修行の日々ですね。

 

(垣)–そう思うでしょ?ところがね、その職人さんに「まさか本当にフランスまで来るとは思っていなかった」と言われて 「今は弟子なんてつけられないしアトリエにも入れられない。帰ってくれ。」って断られたんです!

 

(T)–え、えーー!!!

 

(垣)–その時はもう、ショックを超えて絶望というか。帽子の修行どころか週7で寿司屋で働いて、お金が無いからメトロの1ユーロもケチって歩いて帰ってたんですけど、帰り道に毎日泣いてました。 私、フランス語の寿司ネタばかり覚えて、何しに来たんだろう…って。笑

 

(T)–絶望がすごい…。

 

(垣)–だけどしっぽを巻いて日本に帰るわけにもいかず、帽子を教えてくれる人がいないか探しながらもパリですし三昧な生活を3ヶ月続けました。寿司屋の大将も自分のことを気にかけてくれていて、ある日フランスで洋服のパタンナーをしている男性を紹介してもらったんですがその男性にこっぴどく叱られました。「こんな異国の地で生活するだけでも精一杯なのに、ましてや一生物の技術を身につけようなんて考えが甘すぎる。本気で技術を身につけたいなら学べる環境に帰りなさい。」それまで自分はひどい目にあっているという被害妄想ばかりだったんですが、一喝されました。 その言葉で目を覚まし、日本に帰って専門学校で勉強することに決めました。マヌケでしょ。この話、あんまり人にはしてないんですよ。笑。

 

(T)–かなり濃い経験ですね。行動力もすごいですが垣本さん自身がすごく真っ直ぐだったから周りの大人が導いてくれたんですね。

 

(T)–帰国してからは無事、製帽の学校に通えたんですか?

 

(垣)–はい。ただフランスで貯金を使い果たしているので3年間の夜間コースを選んで昼間は学校の近くの法律事務所で事務をすることにしました。

 

(T)–法律事務所の仕事って誰でもできるんですか?

 

(垣)–資格は特に要らなくて、必ず定時に仕事が終わる事と学校と家とのアクセスが良いという2点で選びました。ところがはじめの1年がすごく大変でした。裁判や法律の知識が全くなかったので。学校と仕事がお休みの土日・祝日はほぼ法律の勉強していました。 ほんとは帽子の勉強したいのに。笑。

 

(T)–寿司三昧の次は法律三昧。笑。

 

(垣)–そうなんです。笑。法律事務所の仕事って人の人生の岐路に関わる仕事でしょ?当然ですが少しのミスも許されないので、とにかく必死でした。2年目からは法律事務所の仕事にも慣れ、ようやく帽子に費やする時間ができました。 そんな生活を3年間続けて製帽学校の夜間コースを卒業。自分の帽子作りをスタートしました。

 

(T)–つまり、ブランド「n」の立ち上げですね?

 

(垣)–はい。2012年の9月でした。

 

(T)--はじめからアイテムはヘッドドレスと決めていたんですか?

 

(垣)–決めていなかったです。まずは自由に作りたいものだけを思うがままに作っていくうちに気がついたらヘッドドレスに行きつきました。初めて帽子を作った時の感覚に似ていて「私はヘッドドレスを一生作るんだな」ってストンと納得したんです。

 

(T)–「n」のヘッドドレスはどれも独自の世界観がありますがインスピレーション源とかイメージする女性像があるんですか?

 

(垣)–特にないんです。思いつくままに作っていて、息をするような感覚で作っているというか、、自分の感性を可視化したものが 「n」のヘッドドレスなんです。お客様ができてお金をいただくようになってからは、自我とお客様にワクワクしてもらいたいという気持ちの バランスをとって作るようになりました。

 

(T)–ブランドを続けていく上での信条のようなものはありますか?

 

(垣)–感性を磨き続ける事です。感受性とかクリエイティブな意味合いだけではなくて、人として日々を丁寧に誠実に生きるという事です。自分の作るものに自分が投影されると思っているんです。 

 

(T)–「n」は垣本さんそのものなんですね。信条はいたってシンプル。

 

(垣)–こんな事を言ったらまた格好つけているみたいなんですけど、「人生はシンプルで美しい」って思うんです。 法律事務所で働いていた時にいろんな人生を垣間見た経験からか、シンプルにこうやって生きているだけで素晴らしい事だなって思うようになりました。

 

(T)–悟りに近いですね。

 

(垣)–確かに。笑 でも本当に。ブランドを続ける上でも、お金ではなくてもっと目に見えないものに価値を見出すようになりましたね。

 

(T)–「n」のヘッドドレスといえば厳選したすごくいい素材を使っていて、かつハンドメイドなのに価格がかなり抑えられていますよね。

 

(N)–それも信条と通ずる所ですが、誠実に適正価格で販売したいんです。クオリティーや素材などの品質は譲れないので、材料の手配・製作を全て自分で完結する事で余分な費用がかからなようにしています。私にとってはヘッドドレスを通して出会える人々との「ご縁」の方がお金よりもよっぽど価値があります。

 

(T)–作っているものはトガっていますが垣本さん自体はすごく温かいというか、人情に溢れていますね。

 

(T)–今後の展望や目標はなどありますか?

 

(N)–夢は寅さんみたいになる事です。

 

(T)–寅さん?「男はつらいよ」ですか?

 

(N)–そう!寅さんのように色んな土地へ旅をする、そんな帽子職人になりたいです。訪れた土地の人々にその土地のいいところに連れて行ってもらったり一緒に美味しいものを食べたり、 ヘッドドレスを通して人との出会いを楽しみたいです。

 

(T)–ヘッドドレスをトランクに詰めて、まさに「ご縁」を求める旅ですね。

 

(N)–今はまだ東京や神戸など範囲が狭いんですが、行ったことのない街・まだ出会っていない素敵なお店でトランクショーをやってみたいです。 自分は本当に人が好きで、ヘッドドレスは自分を表現するものでもあり、自分と人とをつないでくれるツールなんです。

Tempoで「n」のPOP UPイベントを開催すれば毎回決まって垣本さんのお洒落な顧客様が何組も、時には県外からもいらっしゃる。彼ら、彼女らは「n」のファンであることはもちろん「垣本 望美」自体が好きで、彼女に会いに来ているんだなと感じます。今回のインタビューを通して彼女がなぜそこまで人から愛される人間なのか、そのルーツがわかりました。

 

 

 

 

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